「欠勤による損失」と「出勤による損失」
社員が心身の不調になったときには、職場には2つのタイプの損失が生じます。
■ アブセンティーイズム・・・欠勤による損失
Absenteeism
■ プレゼンティーイズム・・・出勤による損失
Presenteeism
Absenteeism
■ プレゼンティーイズム・・・出勤による損失
Presenteeism
病気のときに会社に出てこられると、会社に損失が発生することがある
「出勤による損失(プレゼンティーイズム)」が、経営上、大きな課題として認識されたきっかけは、2009年のアメリカでの新型インフルエンザ蔓延のときです。
アメリカは、先進国で唯一、法定有給休暇制度がない国のため、欠勤すると無給になります(*注 アメリカの制度 参照)。職場を休むと給料を減らされるため、インフルエンザの疑いがあっても多くの労働者が職場に出勤しました。
しかし、職場に出てこられると、他の社員にもインフルエンザがうつりますし、お客さんにもインフルエンザがうつります。
これは、企業にとって大きな損失を生みます。
アメリカの企業経営者たちは、新型インフルエンザを契機に、「社員に出勤されたほうが損失が出ることがある」と気づきました。
以降、「出勤による損失(プレゼンティーイズム)」が注目されるようになりました。
(注) アメリカの制度
連邦法による法定有給休暇制度はなく、連邦法としては「無給の病気休暇」などを提供するFMLA(Family and Medical Leave Act)が定められている。サンフランシスコ市、ワシントンDC市など一部の地方市ではローカルな法定有給休暇制度が定められた。
大企業の中には、優秀な人材を獲得するために、独自に有給休暇を与えている企業があり、中小企業でも「病気有給休暇(paid sick leave)」を与えている企業はある。それでも民間企業労働者の35%以上は、病気有給休暇を利用していない、あるいは利用できない(米労働省調査)。
オバマ政権は、連邦法によって病気有給休暇を定めようとしたが、議会で可決されなかった(Healthy Families Act)。そこで、オバマ政権は、大統領令で、連邦政府の仕事を受注する企業には、病気有給休暇制度がないと取引しないというルールを定めて、2017年から実施。
大企業の中には、優秀な人材を獲得するために、独自に有給休暇を与えている企業があり、中小企業でも「病気有給休暇(paid sick leave)」を与えている企業はある。それでも民間企業労働者の35%以上は、病気有給休暇を利用していない、あるいは利用できない(米労働省調査)。
オバマ政権は、連邦法によって病気有給休暇を定めようとしたが、議会で可決されなかった(Healthy Families Act)。そこで、オバマ政権は、大統領令で、連邦政府の仕事を受注する企業には、病気有給休暇制度がないと取引しないというルールを定めて、2017年から実施。
大統領経済報告で注目された言葉
「プレゼンティーイズム」という言葉が、経済用語として定着するようになったのは、2008年の「アメリカ大統領経済報告」です。
大統領経済報告は、アメリカ政府の「3大教書」と呼ばれる重要文書であり、世界中の経済関係者が毎年注目している文書です。
2008年の大統領経済報告の該当部分は下記のようになっています。
文字が小さくて読みにくいかもしれませんが、プレゼンティーイズムとは、心身のエネルギー不足のために仕事のタスクを十分に果たせないことによって起こる「生産性損失(the loss of at-work productivity)」とされています。
主たる現象は、「職場事故の増加(increased workplace accidents)」、「同僚への感染症の蔓延(the possible spread of illness to fellow employees)」です。
日常的な生産性低下については、ゼロにすることは不可能です。人間がストレスを感じたり、不調になったりするのは自然なことであり、それに伴って、生産性が落ちるのは自然なことです。
人間が仕事をする以上、「毎日、100%の能力発揮」などはあり得ず、多少の能力低下は起こります。企業経営者は、現実に即した考え方をしますから、「人間は機械ではないので、多少の生産性低下は当然起こる」として、日常の生産性低下は、「避けられないコスト」として織り込んでいます。一番気にしているのは、影響が極めて大きい「事故の発生」です。
航空事故、証券事故、情報流出事故による損失は巨額になる
経営上、一番深刻なものは「事故発生に伴う損失」です。
心身の不調の際には、事故が起こりやすくなります。
主要な例は、航空機事故です。
心身の不調を持つパイロットが操縦して起こった事故はいくつもあります。乗客の人命が失われて、深刻な事態に陥った会社もあります。
■2015年 ジャーマンウイングス墜落事故(ドイツ)
パイロットの精神疾患による故意の墜落と見られている。
■2009年 コルガン・エア墜落事故(アメリカ)
パイロットの疲労による操縦エラーと見られている。
■1982年 日本航空羽田沖墜落事故(日本)
パイロットの精神疾患による操縦エラーと見られている。
パイロットの精神疾患による故意の墜落と見られている。
■2009年 コルガン・エア墜落事故(アメリカ)
パイロットの疲労による操縦エラーと見られている。
■1982年 日本航空羽田沖墜落事故(日本)
パイロットの精神疾患による操縦エラーと見られている。
バス、自動車の例としては、心臓に持病を持つ運転手が、意識を失って暴走する事故がときどき起こっています。
他にも、職場の事故には様々なものがあります。
オペレーターが数字の入力を間違えただけで、重大事故になることがあります。
2005年には、日本の証券業界で誤発注による「証券事故」が起こりました(ジェイコム株事件)。「61万円1株」を「1円61万株」と入力を間違えて売り注文を出したことで、結果的に400億円以上の損失が出ています。
身近な例で言えば、メールの送信先を間違えたことによる、「個人情報流出事故」は、ときどき起こっています。個人情報流出は、企業にとってかなり深刻な事態を招きます。
心身が不調のときには、注意力や判断力が低下するため、さまざまな事故が起こりやすくなります。
欠勤コストが120億円を超える英ブリティッシュ・テレコム
「アブセンティーイズム(欠勤による損失)」についての関心が高いのは、イギリスです。
イギリスでは、SSP(Statutory Sick Pay 法定傷病手当金)という制度があり、欠勤者が発生すると、企業には支出が発生します。
イギリスの場合は、国民はみな医療を無料で受けられる国民皆医療制度であり、医療費は税金でまかなわれています。
税金による仕組みのため、所得保障の性質を持つ傷病手当金については基本的に別の制度になっています。
社員が病気やけがで休んだときに、企業の安全衛生管理の不備で傷病に至ったかもしれないのに、国の医療制度(つまり税金)から傷病手当金を出すわけにはいかず、企業に支払い義務が課されています(低賃金者、自営業者など一部の人は別)。
欠勤者が増えると、企業の支出は増え、決算にも影響します。
たとえば、ブリティッシュ・テレコムの決算書を見ると、2013年3月期には社員の欠勤による損失が、8460万ポンドとなっています。当時のレート(1ポンド=143円)で日本円に換算すると、約121億円です。
BT annual report より
ブリティッシュ・テレコムの売上高(2013年3月期)は182.53億ポンド(2兆6100億円)。
売上高182.53億ポンド(2兆6100億円)に対する、欠勤コスト8460万ポンド(121億円) =0.46%
税引き前利益26.94億ポンド(3852億円)に対する、欠勤コスト8460万ポンド(121億円) =3.1%
売上高182.53億ポンド(2兆6100億円)に対する、欠勤コスト8460万ポンド(121億円) =0.46%
税引き前利益26.94億ポンド(3852億円)に対する、欠勤コスト8460万ポンド(121億円) =3.1%
売上高2.6兆円の巨大企業とはいえ、120億円の欠勤コストは甚大です。税引き前利益の3%に達しています。
イギリスの企業にとって、欠勤は深刻な問題であり、いかに欠勤を減らすか、ということが非常に重要な経営課題として捉えられています。
そのため、欠勤を減らすマネジメントである「アブセンス・マネジメント」のノウハウが開発されています。
関連記事 部下が「休職」したときのマネジメント法
日本では、欠勤コストは「同僚への影響」、出勤コストは「事故増加」
日本には、法定有給休暇制度があり、健康保険制度もありますので、アメリカ、イギリスとは状況が異なります。
企業勤務者が休業したときには、傷病手当金が健保の会計から支出されます。会社の決算には直接影響しません。(健保財政が苦しくなれば、最終的に企業につけがまわってくることはあります)
日本企業の人事担当者の中には、メンタルヘルス不調者が出たときには、とりあえず休職してもらって、ゆっくりと休んで治してもらうほうがいいと考える人がたくさんいます。
もし、イギリスのように決算に影響するのであれば、「休職日数を1日でも減らそう」という意識が強く働くはずですが、決算には影響しませんので「十分に休んでもらおう」という考え方になります。これ自体は悪いことではありません。ゆっくりと休んで治すほうが回復につながります。ただし、職場復帰という面から見ると、休業期間が長ければ長いほど復帰が難しくなる傾向があります。
「欠勤コスト」として一番問題になっているのは、長期休業者が出た場合の、「同僚への影響」です。休業中に代替要員を採用することはまれであり、休業者の仕事を他の者がカバーすることになります。その結果、同僚の負荷が高まり、不調者が連鎖してしまうことがけっこうあります。「同僚への影響」が最大の欠勤コストと言えます。
「出勤コスト」については、感染症にかかった人が職場に出てこないように、法令や就業規則などで決められています。また、アメリカと違って有給休暇制度がありますから、給与カットを心配して無理に出勤する人はまずいないでしょうが、「仕事を休んではいけない」と思っていて出勤する人はいます。
「出勤コスト」として大きいのは、事故発生によるコストです。
オペレーターのミス一つで、あるいは、メール一通の誤送信で、いろいろな事故・トラブルが起こる時代です。事故は、企業に甚大な損失をもたらすことがあります。
心身の不調やストレスは、事故を生みやすい要因の一つですから、事故を増加させないための健康対策・ストレス対策は、かなり重要です。
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