PTSDは本当に「障害」か?
PTSDは「障害」か、それとも「けが」か、今、議論になっています。
PTSDは、Post-Traumatic Stress Disorder (心的外傷後ストレス障害)の略ですが、「障害(disorder)」という言葉がつくため、先入観・偏見(スティグマ)を生みやすいという問題が生じています。
「障害」ではなく「けが(Injury)」であると考えて、Post-Traumatic Stress Injuryと呼ぶほうがいいという人もいます。
日本では、トラウマは、「心の傷」と呼ばれています。「傷」という言葉ですから、「けが」のほうがイメージが近いかもしれません。
PTSD の Dを落として、PTSと呼んだほうがいい、という意見もあります。
元米陸軍心理学者のジェームズ・ベンダー博士は、「そもそも、PTSDとPTSが、混同されている」と述べています。
衝撃的な出来事に遭えば、誰でもストレス状態になります。それはノーマルで適応的な反応であり、PTS(Post-Traumatic Stress)と呼ばれています。
一方、症状が長引いて、日常生活にまで影響が出てくるのがPTSDであり、こちらは治療が必要とされています。
PTS と PTSD
PTS ・・・ 適応反応
PTSD ・・・ 治療が必要
PTSD ・・・ 治療が必要
「けが」と呼ぶほうが先入観・偏見が減る?
「けが」という言葉を使うほうが、「障害」という言葉に伴う偏見を減らせる。この考え方をかねてより支持していた人は、米陸軍副参謀総長だったピーター・チアレリ大将です。
アメリカの陸軍兵士は、ベトナム戦争以降、アフガン・イラク戦争に至るまでPTSDになる人が続出しました。
兵士たちは、「障害」という言葉がついていることによって、「心の弱い人間だと思われてしまう。弱い人間だと思われたくない」と考えて、不調を隠してしまって、治療を受けませんでした。
チアレリ大将は、陸軍兵士に対して、「あなたたちは、心の弱い人間などではない。戦場で勇敢に任務を果たした兵士だ。ただ、戦場で『目に見えないけが』をしたのだ。けがは治療すれば改善する。ぜひ治療を受けて欲しい」とずっと呼びかけていました。
一時期、ペンタゴンのサイトには、次の文字がよく出ていました。
すべて「OSI」と呼び始めた
PTSDという言葉に伴う先入観・偏見を取り除くため、カナダ軍では、PTSDではなく、OSI(Operational Stress Injury)と呼ばれています。
OSIには、PTSDのほか、作戦に従事することで陥った不安障害、うつ病(気分障害)、アルコール障害なども含まれています。
いずれも「障害」という名前がついていますが、「作戦時のけが」のカテゴリーに入れられています。
作戦で起こったことは、すべてOSI
うつ病(気分障害)、不安障害、アルコール障害、PTSD などのうち、作戦上で起こったことはみな「OSI(作戦時のストレス性のけが)」
どうしてこのような呼び換えをするのか。それは、自分自身が持っている偏見(セルフ・スティグマ)をなくすためです。「精神的な病気になるのは恥ずかしいことだ」という気持ちがあると、一人で悩んで、治療を受けようとしなくなります。治療に結びつけてもらうために、イメージを変えようとしているのです。
現代社会の仕事は、みな強いストレスを感じるものばかり。そういう意味では、仕事のストレスによって不調になったケースは、うつ病、不安障害などいずれも、「仕事上のストレス性のけが」と言ってもいいのかもしれません。
「Operational Stress(作戦上のストレス)」 を「Occupational Stress(職業上のストレス)」 と言い換えても、「OSI」となります。
「OSI」、つまり「仕事のストレスで目に見えないけがをした」という考え方も必要ではないかと思います。