ヒューマン・ファクターが事故を生む
おかげさまで『Terra』誌(東京建設業協会発行)連載も5年目となりました。
今回からは、新連載として、有名な事故などを取り上げて、安全対策として学べる点がないかを考えていきたいと思います。
事故は複合的な要因によって起こると考えられており、事故ごとにかなりの個別性があります。
しかし、事故の背景には、疲労、ストレス、判断ミスなど人間的な要因が関連していることが多く、そこには人間特有の共通点も見られます。
こうした「ヒューマン・ファクター(人間的な要因)」の側面から有名な事故について見ていきたいと思います。
1986年1月、スペースシャトル『チャレンジャー号』が打ち上げられ、73秒後に空中分解する事故が起こりました。極めて高度な技術を持つNASAが起こした大事故であり、世界に衝撃を与えました。
事故の技術的な原因は、補助ロケットの接合部分を密閉する部品の欠陥とされています。部品が破損し、燃料が外部に漏れ出して爆発が起こりました。
事故調査報告書で明らかになったのは、打ち上げ前日に電話会議があり、製造業者の技術者が危険性を指摘していたことでした。
翌日は気温がマイナスになることが予想されていました。技術者たちは、
「氷点下では密閉度が下がる危険性がある。気温が12度になるまで待つべきだ」
と主張しました。
ところが、NASAの責任者は、『チャレンジャー号』の打ち上げが何度も延期され、スケジュールが遅れていることを気にしていました。
電話会議でNASAの責任者は、
「気温12度? 春まで待てと言うのか!」
と声を荒げました。
その勢いに押されて、製造業者の技術者は何も言えなくなっていきました。
電話会議の後にNASAの責任者は打ち上げを決定しました。
この「意思決定の誤り」が事故につながったというのが調査委員会の見解です。
スケジュールが遅れていたことにプレッシャーを感じていたNASAの責任者が、技術者の懸念に聞く耳を持たず、打ち上げを決定したというわけです。
今回からは、新連載として、有名な事故などを取り上げて、安全対策として学べる点がないかを考えていきたいと思います。
事故は複合的な要因によって起こると考えられており、事故ごとにかなりの個別性があります。
しかし、事故の背景には、疲労、ストレス、判断ミスなど人間的な要因が関連していることが多く、そこには人間特有の共通点も見られます。
こうした「ヒューマン・ファクター(人間的な要因)」の側面から有名な事故について見ていきたいと思います。
1986年1月、スペースシャトル『チャレンジャー号』が打ち上げられ、73秒後に空中分解する事故が起こりました。極めて高度な技術を持つNASAが起こした大事故であり、世界に衝撃を与えました。
事故の技術的な原因は、補助ロケットの接合部分を密閉する部品の欠陥とされています。部品が破損し、燃料が外部に漏れ出して爆発が起こりました。
事故調査報告書で明らかになったのは、打ち上げ前日に電話会議があり、製造業者の技術者が危険性を指摘していたことでした。
翌日は気温がマイナスになることが予想されていました。技術者たちは、
「氷点下では密閉度が下がる危険性がある。気温が12度になるまで待つべきだ」
と主張しました。
ところが、NASAの責任者は、『チャレンジャー号』の打ち上げが何度も延期され、スケジュールが遅れていることを気にしていました。
電話会議でNASAの責任者は、
「気温12度? 春まで待てと言うのか!」
と声を荒げました。
その勢いに押されて、製造業者の技術者は何も言えなくなっていきました。
電話会議の後にNASAの責任者は打ち上げを決定しました。
この「意思決定の誤り」が事故につながったというのが調査委員会の見解です。
スケジュールが遅れていたことにプレッシャーを感じていたNASAの責任者が、技術者の懸念に聞く耳を持たず、打ち上げを決定したというわけです。
本当にNASAの決定は間違っていたのか?
この調査委員会の見解に異を唱えた人がいます。ヒューマン・ファクターの研究をしているコロンビア大学教授のダイアン・ヴォーガン氏です。
彼女はNASAの責任者の意思決定は妥当な判断だったと主張しました。
事故調査の過程で、実は、密閉部分の部品は安全基準を逸脱した状態で使われていたことが判明しました。
しかも、過去の打ち上げでも逸脱が繰り返されていました。打ち上げ後に回収された当該部品の検査では、ガス漏れを示す煤(すす)が何度も発見されており、逸脱の徴候はずっと出ていました。
しかし、事故には至っていなかったため、NASAの責任者は「過去の例から見て、このくらいのことなら事故にはならないだろう」と考えたのです。
ヴォーガン氏は、打ち上げ前日の「意思決定」は誰でも同じような結論を下したはずであり、真の問題は、「逸脱状態が放置されていたこと」にあると考えました。
彼女はこれを「逸脱の標準化」と名付けました。
この研究をきっかけに、多くの事故に「逸脱の標準化」が関係していたことが明らかになっています。
2014年に起こった韓国の旅客船『セウォル号』沈没事故も、過積載という逸脱行為が常態化していたことが指摘されています。
ヴォーガン氏の研究以降、安全対策で一番重視されるようになったのは「逸脱の標準化」に対する対策です。
彼女はNASAの責任者の意思決定は妥当な判断だったと主張しました。
事故調査の過程で、実は、密閉部分の部品は安全基準を逸脱した状態で使われていたことが判明しました。
しかも、過去の打ち上げでも逸脱が繰り返されていました。打ち上げ後に回収された当該部品の検査では、ガス漏れを示す煤(すす)が何度も発見されており、逸脱の徴候はずっと出ていました。
しかし、事故には至っていなかったため、NASAの責任者は「過去の例から見て、このくらいのことなら事故にはならないだろう」と考えたのです。
ヴォーガン氏は、打ち上げ前日の「意思決定」は誰でも同じような結論を下したはずであり、真の問題は、「逸脱状態が放置されていたこと」にあると考えました。
彼女はこれを「逸脱の標準化」と名付けました。
この研究をきっかけに、多くの事故に「逸脱の標準化」が関係していたことが明らかになっています。
2014年に起こった韓国の旅客船『セウォル号』沈没事故も、過積載という逸脱行為が常態化していたことが指摘されています。
ヴォーガン氏の研究以降、安全対策で一番重視されるようになったのは「逸脱の標準化」に対する対策です。
逸脱やエラーには「仕組み」で対応する
残念ながら人間は逸脱行為をしがちです。悪意はなくても、疲れていて判断力が低下していたとか、勢い余ってやり過ぎてしまったといった形で逸脱をすることもあります。
多くの安全基準は余裕を見て設定されているため、少しくらい逸脱しても事故に直結するわけではありません。
そうすると、「このくらいなら大丈夫だ」という気持ちが強くなり、いつの間にか逸脱が標準化して、逸脱していることにすら気がつかなくなります。
これが一番リスクの高い状態です。逸脱によって安全余裕が削られてしまっているため、別の要因が加わると、事故に直結してしまう可能性が高くなります。
人間にはもはや気がつけなくなったリスクとも言えますから、「気をつけましょう」と注意喚起するだけでは限界があり、システムで対応していくことが必要になります。
チェックシート、ダブルチェック、定期的な人材の入れ替え、定期的な監査など、「逸脱状態」に気づけるようにする手順や仕組みを考えていくことが大切です。
「逸脱やエラーは避けられないもの」と考えて、システムでカバーすることが、ヒューマン・ファクターの対応で一番重要なことです。
多くの安全基準は余裕を見て設定されているため、少しくらい逸脱しても事故に直結するわけではありません。
そうすると、「このくらいなら大丈夫だ」という気持ちが強くなり、いつの間にか逸脱が標準化して、逸脱していることにすら気がつかなくなります。
これが一番リスクの高い状態です。逸脱によって安全余裕が削られてしまっているため、別の要因が加わると、事故に直結してしまう可能性が高くなります。
人間にはもはや気がつけなくなったリスクとも言えますから、「気をつけましょう」と注意喚起するだけでは限界があり、システムで対応していくことが必要になります。
チェックシート、ダブルチェック、定期的な人材の入れ替え、定期的な監査など、「逸脱状態」に気づけるようにする手順や仕組みを考えていくことが大切です。
「逸脱やエラーは避けられないもの」と考えて、システムでカバーすることが、ヒューマン・ファクターの対応で一番重要なことです。
まとめ (Lessons Learned 教訓)
■ 「安全基準」は、事故に直結しないように、少し余裕をもって設定されている
■ 基準を逸脱しても問題が起こらないと「このくらいなら大丈夫」という気持ちになる
■ 逸脱が当たり前になっていき、逸脱していることにすら気がつかない状態なる
■ 逸脱によって安全余裕は削られているので、別の要因が加わると事故に直結する
■ 標準化した「逸脱状態」を元に戻すには、注意喚起だけでなく、仕組みでカバーする
■ 基準を逸脱しても問題が起こらないと「このくらいなら大丈夫」という気持ちになる
■ 逸脱が当たり前になっていき、逸脱していることにすら気がつかない状態なる
■ 逸脱によって安全余裕は削られているので、別の要因が加わると事故に直結する
■ 標準化した「逸脱状態」を元に戻すには、注意喚起だけでなく、仕組みでカバーする