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TADMUS(イージス艦の心理学)
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日本にも配備されていますが、イージス艦という高度な防衛システムがあります。イージス艦は、数十個の飛来物をミサイルで撃ち落せる、極めて優れた防衛システムです。ところが、あまりにも技術が進みすぎて、人間の認知能力を超えていました。機械は同時に数十個のミサイルを発射できますが、人間の脳は、「1度に1つ」のことしか判断できません。「撃つか撃たないか」の判断を同時に数十個できる艦長は残念ながらいません。
初期の米イージス艦の艦長たちは、「なぜかは説明できないけれども、ものすごく負担を感じ、ストレスを感じる」という声を漏らしていました。それは、システム設計がされた1970年代には、ヒューマン・ファクターや心理要素をほとんど検討していなかったためだということが、後からわかりました。
アメリカによるイージス艦の実戦配備後の1988年には、海での戦闘をしながら、空からの飛来物に対処するという状況で、判断ミスが起こりました。強いストレス下に置かれた米海軍クルーたちが、イランのジャンボ機を戦闘機と誤認して、民間人290名を死亡させてしまったのです。イランはすぐに報復を宣言し、あわや全面戦争になりかねない状況を招きました。
事故防止のために、米海軍はTADMUS(Tactical Decision Making under Stress、ストレス下の戦術的意思決定)の研究を始めました。イージス・システムを再設計・運用するための心理学的研究ですから、いわば「イージス艦の心理学」です。
高度なテクノロジーを使う現代社会では、テクノロジーが人間の能力を超えてしまうことがあります。テクノロジーを利用する人間側の要因、つまりヒューマン・ファクターを重視しないと、重大なエラーが生じることがあります。「クルーのストレスから全面戦争に」というシナリオがありうるのです。
イージス艦の心理学は、「ストレス下での判断」、「ストレス下での意思決定」の先駆けとなった研究で、今後は、危機管理などの各分野で幅広く応用されていくでしょう。